2013年11月23日土曜日

ハンサムウーマン八重と会津博の旅:鶴ヶ城(若松城跡)


ハンサムウーマン八重と会津博:大河ドラマ館・会津満喫・東山温泉2日間の旅最初の見学地は、鶴ヶ城です。 お城の公式サイトはこちら。 旅の目次はこちら

鶴ヶ城といえば、戊辰戦争の最激戦地、会津戦争で1ヶ月の篭城戦ののちに落城した、悲劇のお城。 明治時代に取り壊されてしまい、昭和になってからようやく再建されました。

お城の周りには、いまだに会津藩士が歩いてますよ!


明治6年に撮影されたという、取り壊される前のお城の写真。新政府の管理となって草ぼうぼうで荒れ果てた姿、そして山のような砲弾のあとが痛ましい。 八重さんも必死になって守ろうと、自ら銃を持って戦ったお城です。



鶴ヶ城の敷地内は、紅葉がとにかくきれい。桜の季節には、桜も見事だそうです。



城内には、利休の長男をかくまったという茶室も。千利休が秀吉に切腹を命じられたときに、時の鶴ヶ城主蒲生氏が、徳川家康とともに、利休長男の命乞いをし、城内の茶室にかくまったそうです。 この茶室は、たまたま他の場所に移築してあったため、お城の取り壊しの際に、取り壊しを免れたので、当時の建物がそのまま残っています。


そんなことがなければ、表千家も裏千家も存在しなかったし、日本の茶道の歴史は変わっていましたね。 色んな歴史の舞台になった鶴ヶ城です。

そのほか、私が何気に気になったポイントは石垣。日本の地方によって石垣のスタイルが違うのが面白い。鶴ヶ城の石垣はこんな感じです。

左側の写真が、鶴ヶ城で一番大きい石ですって。


会津観光旅行記、まだまだ続きます。


鶴ヶ城(若松城跡)基本情報:



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